大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和28年(ワ)9572号 判決

原告 東陽物産株式会社

右代表者代表取締役 菅原忠彦

右訴訟代理人弁護士 浅沼澄次

右訴訟復代理人弁護士 有村武久

被告 大王製紙株式会社

右代表者代表取締役 井川伊勢吉

右訴訟代理人弁護士 荒鷲文吉

同 五十嵐七五治

右当事者間の昭和二八年(ワ)第九、五七二号約束手形金請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告は原告に対し金七〇〇万円およびこれに対する昭和二八年一一月二七日から右支払済にいたるまでの年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金一〇〇万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

「被告会社は別紙第一目録(一)ないし(四)の約束手形を、訴外荒雄嶽鉱業株式会社に対して振出し、同目録(五)ないし(八)の約束手形についてはその受取人欄を白地にして適宜受取人を補充すべき補充権を同訴外会社に与えてこれを同訴外会社に宛て振出した。その後、同訴外会社は、右(一)ないし(四)の約束手形を原告に裏書譲渡し、右(五)ないし(八)の約束手形についてはその受取人を原告と補充して原告に交付した。よつて右各手形の所持人である原告は、被告に対し右八通の手形金合計七〇〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和二八年一一月二七日より支払済に至るまで年六分の割合による損害金の支払を求める。」

と述べ、被告の主張に対し、

「本件各手形が訴外篠永倫において被告会社代表者常務取締役井川達二名義を以つて作成されたものであることは認めるが、右篠永は本件手形を振り出す権限を完全に有していたものである。

仮に篠永倫に被告会社代表者常務取締役井川達二の名において本件各手形を振出す権限のあることが認められないとしても、右篠永は、被告会社東京出張所の出張所長であつたから被告会社の支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附したる使用人であり、いわゆる表見支配人とみなすべきものであるから、右篠永の右各手形の振出行為は被告による手形振出としての効果を生ずる。

仮に右の主張が認められないとしても、右篠永は右出張所長として、常々、被告会社の社印と、被告会社常務取締役井川達二なるゴム印を保管し、被告会社の指示により、右各印鑑を使用し被告会社を代理して被告会社常務取締役井川達二の名において約束手形を振出す権限を有しており、原告は右(一)ないし(八)の約束手形を取得する当時、右篠永が被告会社を代理して右各手形を振出す権限を有しているものと信じ、且つ、右篠永が常々その保管する右各印鑑を使用し被告会社を代理して約束手形を振出していたこと、右被告会社の社印が、被告会社の取引銀行に同会社の印鑑として正式に届け出でられていたこと、篠永振出にかかる被告名義の約束手形が、これまで無事決済されてきたこと本件手形の先行手形取得の際原告は厳重に取引銀行にその印鑑等の真正なことを確めたこと等により、右篠永が右(一)ないし(八)の約束手形の振出権限を有すると信ずるにつき正当の理由があつたから、いわゆる権限踰越による表見代理の法理によつて、右篠永の右各約束手形振出行為は被告による手形振出としての効果を生ずる。

仮に井川達二に被告会社を代表する権限が認められないとしても、同人は被告会社の取締役であり、且つ、右(一)ないし(八)の約束手形は被告会社常務取締役井川達二なる名義で振出されたものであるから、善意の第三者である原告に対し被告会社は、右各手形の振出行為に付その責に任じなければならない。

以上いづれの理由からしても被告会社は本件各手形振出行為につき責任があるので本訴請求に及ぶ。」

と述べ、被告の抗弁をすべて否認した。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「請求原因事実はすべて否認する。すなわち、被告は原告主張の各約束手形を振出したことはない。右各手形は、訴外篠永倫が訴外荒雄嶽鉱業株式会社代表者志馬寛より同会社の設備資金の融資方を懇請せられて権限なくほしいままに被告会社代表者常務取締役井川達二名義を冒用して作成した偽造手形であり、また井川達二は、昭和二七年一二月三〇日被告会社代表取締役を退任し、昭和二八年一月一二日その旨登記公告されており、右各手形が作成交付された当時被告会社の代表権を有していなかつたものであるから、被告会社が右各手形につき責を負う理由はない。」と述べ、

抗弁として、

「仮に右篠永倫が被告会社の支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人とみなされるとしても、原告は、右各手形を取得する当時、篠永が右各手形を振出す権限を有していないことを知つていたから、右各手形振出行為を目して被告のいわゆる表見支配人の手形振出行為であると主張することは許されない。

仮に被告の右主張が認められないとしても、原告は、右各手形が偽造手形であること、または少くとも被告訴外荒雄嶽鉱業株式会社間に右手形の原因関係のないことを知り、且つ自己が右各手形を取得することによつて、被告が害されることを知つて、これを取得したものであるから、右各手形金の支払を求める本訴請求は許されない。

仮に被告の右主張がすべて認められないとしても、原被告間で、昭和二十八年五月六日頃被告会社東京出張所において、原告は被告に対し右各手形金の支払を求めない旨の話合が成立し、これにより、被告の右各手形に基く手形債務は消滅したから、本訴手形金請求は失当である。」と述べ原告の仮定主義をすべて否認した。

立証≪省略≫

理由

証人篠永倫、日野原節三(第一、二回)、南陽吉、奥谷喜久郎の各証言、成立に争のない乙第九一〇号証の各一、二、証人篠永倫の証言によつて、篠永倫が作成したものと認められる甲第一ないし第八号証を綜合すると、被告会社東京出張所篠永倫が被告会社東京出張所常務取締役井川達二なる名称および氏名を被告会社のゴム印をもつて記名し、且つ被告会社の印章及び井川なる印章を押捺することにより、別紙第二目録(一)ないし(四)の約束手形をその振出日欄記載の日時頃作成してこれを訴外荒雄嶽鉱業株式会社代表取締役志馬寛に交付し、同目録(五)ないし(八)の約束手形についてはその振出日欄記載の日時頃その受取人欄を白地にしてこれを作成し、右向地につき適宜受取人を補充すべき補充権を同訴外会社に与えてこれを同訴会社に交付したことを認めることができるけれども、右篠永が被告会社を代理して、その権限に基き、右八通の約束手形を振出したとの原告の主張については本件全立証によつてもこれを認めることができず、かえつて被告会社代表者井川伊勢吉本人尋問(第一回)の結果、証人井川達二、南陽吉の各証言その方式と趣旨により公文書であるから真正に成立したと認め得る乙第六号証、前出乙第九一〇号証の各一、二によると、右篠永は、その権限がないのに、右各手形を作成してこれを右訴外会社に交付したことを窺知することができる。被告は、右八通の手形は偽造手形であると主張するのであるが、後記認定のとおり、右篠永倫は、その前任者であつた井川達二のあとをうけ、被告会社東京出張所長として、常々被告会社東京出張所常務取締役井川達二なるゴム印並に被告会社の印章及び井川なる印章を被告会社のため保管し、被告の指示又は承認に基き、右各印鑑を使用し被告会社を代理して被告会社のため被告会社常務取締役井川達二の名において約束手形を振り出す権限を有し、右権限に基き、右の名において約束手形を振り出していたものであるから、たとえ、右篠永が右八通の手形の作成交付につき、被告の指示又は承認をうけず、したがつて、右説示のとおり、右八通の手形の振出については右篠永にその権限がなかつたというべきものであるとはいえ、この一事をもつて、右篠永の右八通の手形の作成交付行為を、表見代理、追認等の法理の適用の余地のない手形偽造行為とみることはできない。

原告は、右各手形の作成交付は被告会社の表見支配人の手形振出行為とみなさるべきであると主張するが、証人篠永倫、井川達二の各証言、被告会社代表者井川伊勢吉本人尋問(第一回)の結果によると、被告会社東京出張所は、官庁との折衝、被告の関係販売会社との連絡、被告同業者等の集合の斡旋被告の指示に基く金額にして月金二、三百万円程度のフエルト、金網等一定の商品の仕入等の事務を取り扱つているにすぎないことが認められるので、被告会社東京出張所を、本店同様の営業をなしうる組織をもつ商法上の支店とみることはできず、従つて、被告会社東京出張所長篠永倫を支店の営業主任者たることを示すべき名称を附した使用人ということができないから、右篠永の右各手形作成交付行為は被告による手形振出行為として効果を生ずるとはいえず、それ故原告の右商法第四二条に基く主張は理由がない。

原告は右篠永の右各手形作成交付行為につき権限踰越による表見代理の主張をするのでこの点について考える。

思うに、民法第一一〇条にいう第三者とは一般には表見代理行為者の直接の相手方を指すものと解せられるが、約束手形の振出は、受取人その他の所持人に対し直接手形金額の支払義務を負担する行為であること、および手形の流通保護の要請から考え、約束手形振出行為につき越権による表見代理の法理を適用するに当つては、右第三者とは振出人に対する直接の相手方たる受取人のみならず、その後の所持人も含むと解するのを相当とし、且つその場合同条の「其の権限ありと信ずべき正当の理由を有した」とは「約束手形が真正に振出されたものと信じ、そう信じることについての正当の理由を有した」との意味に解すべきであると考える。ところで、証人篠永倫、井川達二の各証言被告代表者井川伊勢吉の本人尋問(第一、二回)の結果によると、前記篠永倫は、その前任者井川達二のあとをうけ、被告会社東京出張所長として、常々被告会社東京出張所常務取締役井川達二なるゴム印の印章及び井川なる印章を被告会社のため保管し、被告の指示又は承認に基き、右各印鑑を使用し被告会社を代理して被告会社のため被告会社常務取締役井川達二の名において約束手形を振り出す権限を有し、右権限に基き被告会社常務取締役井川達二の名において約束手形を振り出していたことを認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はなく、また、証人篠永倫、大橋義策、小口静夫、日野原節三(第一、二回)の各証言、前出第一ないし第八号証によると、別紙第二目録(一)ないし(八)の約束手形の振出人欄にも右篠永が右ゴム印および右各印章を使用して記名捺印したこと、原告は昭和二七年八月頃以来、振出人欄の記載が右約束手形の同欄の記載と同一の約束手形数通を訴外荒雄嶽鉱業株式会社から受け取り、原告の取引銀行において、同会社のためにこれの割引を受け、同会社に対し金融をなしていたが、右各約束手形は同年一一月頃以来昭和二八年四月頃まで無事その支払期日に決済されてきたこと、右被告会社の印章が被告会社の取引銀行に被告会社の印章として届けられていたこと、原告が昭和二八年三、四月頃別紙第二目録(一)ないし(八)の手形を取得する当時、原告が右各手形の支払銀行に対して、右各手形振出人欄に押捺されている被告会社の印章が被告会社の印章に間違いないかどうかにつき印鑑の照合を依頼しこれが相違ない旨を確しかめたこと、および原告がその頃右各手形が被告によつて右訴外会社に対し真正に振出されたものであると信じていたことが認められ、被告代表者本人の各供述(第一、二回)も右認定を覆えすに足りず、他にこれを左右するに足りる証拠はなく、且つ、かく信じたことにつき原告が正当の理由を有していたことは、一方右認定の各事実により、他方手形行為の文言的性質に鑑み、充分にこれを肯認することができるから、右篠永の右各約束手形の作成交付は被告会社常務取締役井川達二の手形振出行為としての効果を生ずるというべきである。

更に、証人井川達二の証言、その方式と趣旨により公文書であるから真正に成立したものと認めうる乙第一号証によると、井川達二は、昭和二七年一二月三〇日被告会社代表取締を退任し、右各約束手形の振出日当時、その代表権はなかつたが、右退任後も依然として被告会社の取締役であつたことを認定することができ且つ右約束手形が被告会社常務取締役井川達二名義にて振出されていることは前認定のとおりであるから、商法第二六二条の法意により右名義の手形振出行為は被告会社の手形振出としての効果を生ずるというべきである。

そこで被告の害意の抗弁について判断する。前出甲第一ないし第八号証、証人篠永倫、小口静夫、日野原節三(第一、二回)、奥谷喜久郎の各証言を綜合すると、原告は昭和二七年八月頃、訴外荒雄嶽鉱業株式会社代表取締役志馬寛から、同会社の営む硫黄製造事業の設備に要する資金の融通のために必要であるとの理由で、同会社の受取つた約束手形の割引を頼まれていたので、原告はその取引銀行において手形割引をなし右会社に金融をはかるべく、昭和二八年三、四月頃同会社より別紙第二目録記載の(一)ないし(八)の約束手形を受け取つた経緯を認めることができるけれども、その際、右各手形が右篠永によつて権限なく振出されたものであること、少くとも被告右訴外会社間に右各手形の原因関係のないことを知り、且つ自己がこれを取得することによつて被告が害されることを知つて取得したとの主張事実についてはこれを認めるに足りる証拠がなく、かえつて、右各手形取得の際原告が右各手形を真実被告によつて右訴外会社に対して振出されたものと信じたことは前認定のとおりであるから、被告の右抗弁は理由がなく排斥を免れない。

次に被告の手形債務消滅の抗弁について考える。証人竹田誠、南陽吉、大橋義策、日野原節三(第一、二回)、篠永倫、葛良修、奥谷喜久郎の各証言、被告代表者井川伊勢吉の各供述(第一、二回)とこれによつて真正に成立したものと認めうる乙第五号証、その方式と趣旨により公文書であるから真正に成立したと認めうる乙第六号証、成立に争のない甲第九号証の一ないし三、乙第七号証の一、二を綜合すると、被告会社東京出張所長篠永倫は前記訴外会社代表取締役志馬寛と共謀の上、昭和二七年九月頃から昭和二八年三月頃までの間に、右約束手形八通を含むこれと同様の振出人欄記載の約束手形約四〇通余り、金額合計金四ないし五千万円ばかりをその権限がないのに右訴外会社に対して順次作成交付し、右志馬はこれの大部分を順次原告に譲渡し、原告はこれを自己の取引銀行において割引き、右訴外会社への金融をはかつていたこと、右割引された約束手形はその支払期日に右訴外会社によつて順次無事決済されてきたこと、しかし、右篠永の右約束手形作成交付は、昭和二八年四月頃右篠永に対する有価証券偽造行使背任被疑事件として国家地方警察愛媛県本部がその取調をはじめるころとなり、同年五月上旬頃同本部警察官竹田誠が右取調のため上京し、原告会社、被告会社東京出張所、富士銀行、日本相互銀行東海銀行等へ右事件の証拠品として右各約束手形を押収に赴くの事態にたちいたつたので、原告は、その頃、自己が右各手形の割引を依頼してきた日本相互銀行をはじめ自己の取引銀行に右手形が偽造容疑のある手形であることを知られることにより自己の信用が毀損されるのを防ぎ、また、右各手形が不渡処分を受けることにより自己が受ける不利益を免れるため、右手形のうち、すでに自己が自己の取引銀行で割引いてもらつた期日末到来の手形の回収につき被告代表者井川伊勢吉と種々折衝を重ね、その後も日本相互銀行に割り引いてもらつた手形をその支払期日前に自己が買い戻す等種々工作をなしたこと、その頃被告が右手形に基く手形債務の一部を前記荒雄嶽鉱業株式会社代表取締役志馬寛に引き受けさせたこと、また、原告は、訴外東華洋行株式会社が訴外荒雄嶽鉱業株式会社から受け取つて所持していた本件手形と同様の振出人名義の約束手形五通(その手形合計金七五〇万円)が右訴外東華洋行株式会社によつて右手形の支払銀行に対してその取立に廻されその各手形が偽造容疑を理由に不渡にされることにより自己の受ける不利益を免れるため、同年五月下旬頃右各手形のうち、まず同年五月二二日と同月二六日に満期が来る手形二通(その手形合計金三〇〇万円)につき、右訴外会社と被告との間に立つて右手形合計金三〇〇万円のうちの金二五〇万円について、被告から被告振出の小切手二通(その合計金額二五〇万円)を自己が受け取り、且つ自己振出の小切手二通(その合計金額二五〇万円)を右訴外会社に振り出して同会社に金二五〇万円を取得させるとともに被告振出の前記小切手二通の小切手金を自己が取得することにより、結局実質的に被告をして右訴外会社に金二五〇万円を支払わせ、且つそれとともに、右訴外会社をして前記手形五通のうち残三通を同年六月一三日以前には取立に廻さないことを承諾せしめる等種々工作をなしたことを認めることができるけれども、同年五月上旬頃に、原被告間で、原告が被告に右各手形金の支払を求めない旨の話合が成立したとの事実については、これに添う被告代表者井川伊勢吉の供述(第一、二回)、証人南陽吉の証言は、証人日野原節三(第一、二回)の証言に照らしてにわかに信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠がない。従つて被告の右抗弁もまた理由がなく排斥を免れない。

以上の次第で、被告の抗弁はいずれも理由がないので、被告には別紙第二目録(一)ないし(八)表示の約束手形の所持人である原告に対し、右各手形の手形金の合計金七〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和二八年一一月二七日から右支払済にいたるまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、その支払を求める原告の本訴請求はすべて正当である。

よつて、原告の請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柳川真佐夫 裁判官 守田直 裁判官 海老塚和衛)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例